その日、彼は帰ってこなかった。

少しだけ、淋しかった。




















「―――ロックオン!!!ロックオン!!!!」

フェルトの、半ば泣き叫ぶような声を聞いたのはもう何時間も前のことだというのに、今でも耳の奥にこびりついたまま離れない彼を呼ぶ声がわたしの頭に響いていた。




ロックオンが、――――。




操舵席に背中を預けたまま、ぼんやりと宙を見ていた。
銀河を流れる星屑のようにきらきらと光る戦いの爪痕が、止まったままのわたしの視界を過る。その中に彼の姿を無意識のうちに探しているわたしがいることがとても憎らしくて、そんなわたしはすぐにでも消えてしまえばいいのに、と思った。

どれだけこの眼を駆使しても、彼の姿は見つからない。
どこにもいない。
なのにどうして生きているのだろう。

わたし。












「子供扱いしないで!」

何が発端だったのかはよく覚えていない。どうせ取るに足らないようなことだったんだろう。じりじりするお腹の底がもどかしくて、真っ赤になった顔で見上げた彼がまるで駄々をこねる小さな子供にほとほと呆れてしまったような表情をしていたのはなんとなく、覚えている。その頃からわたしは彼を困らせてばかりいたのだと思う。生意気で我侭で扱いにくくて、だけど口だけは一人前で。

「おいおい、そう熱くなるなって。可愛い顔が台無しだぜ?なぁ、ちゃん?」

宥めようとわたしの頭をぽんぽんと優しく触れた大きな手を振り払って言った。

「わたし、死んでも構わないって思ってる。本当よ」

思えば、その頃のわたしはまだ子供で、死ぬってことがどういうことかわかりもしないくせに口だけは達者にそんなことを言っていた。ひどく愚かだった。自分が死ぬということがどういうことか、何もわかっていなかった。

「あははっ ・・・いーねェ、若いってのは」

それほどまでに馬鹿馬鹿しい宣言だったのだろうか。至って真面目なわたしの言葉に彼が失笑する。

「・・・今度は馬鹿にしてるの?」
「いやぁ、悪ぃ悪ぃ。真面目な顔して何言い出すかと思えば」

彼の冷たいグローブが触れたからだろうか。頭に昇っていた血がゆっくりと引いていくのを感じてすぐ、また顔が熱くなる。

「わたしは真面目に言ってるの!」



今になって思うのだ。わたしがもう少し大人びていて、あと少し穏やかで、ほんの少しだけわたしを好きでいたのなら、きっと、後悔なんて。


「此処に来ることを決めたときから、その覚悟はしてきた」
「戦いの果てに」
「死んでも構わないって」


先走る気持ちを。
触れたくないと思う矛盾を。
これ以上踏み込めないと決めつける臆病な心を。


「なぁ、
「・・・何よ」
「それ、本気で言ってんのか?」
「当り前でしょ。死ぬ覚悟がなきゃ戦いなんて」
「いーや。違うな。俺は人に自慢できるような人生送ってきたつもりもないが、これだけは言える」


それでもなお、彼に惹きつけられる感情を。



。お前は間違ってる」

そう言った彼の瞳は、あまりにも真っ直ぐで。

「・・・間違って、・・・る?」

声が、震えてたような気がする。喉が、強張っていたような気がする。うまく呼吸ができなくて、いつものように飲み込めない。
死ぬのはちっとも怖くないのに、優しい彼をこのとき初めて怖いと思った。

「―――いや、悪いな。デカイ声出しちまった」

ふわり、と、まるで魔法が解けたみたい。彼に対する恐怖心なんてものは初めからなかったように、消えた。
優しく頭を撫でる大きな手はやっぱり、ひんやりと冷たい。

「まぁ要するに死ぬ覚悟なんかよりももっと大事なことがあるってことだ。誰もみんな死ぬつもりでプトレマイオスに乗り込んだわけじゃないんだぜ?」
「・・・だったらどうしてロックオンは」
「自分で考えてみな。子供扱いされたくなかったらな」



ロックオン、ずるい。
と、思わずにはいられなかった。だってわたしよりもいくつも年上のくせに、信じられないくらい無邪気な顔で笑うのだ。きれいな曲線を描く唇から除く白い歯がきらり輝いていて、ついさっきまで鋭かった目はまるで嘘みたいに柔らかい弧を描いていて。そんな笑顔見せられたら従うしかないじゃない、なんて。
くしゃくしゃに撫でられた髪がくすぐったくて、子供扱いされて悔しかったのに何故かとても、嬉しかった。・・・嬉しかった。

だからずっと、わたしは、わたしは、ロックオンのことが―――

























忘れられないのだ。


できれば思い出したくなかったことを、思い出してしまった。 思い出したくないのならいっそ忘れてしまえばいいのに、と思うくせにちっとも忘れられないわたしは今でも臆病で。
思い出したくはない。けど、忘れたくはない。
その記憶に触れた瞬間、彼の笑顔が溢れだすようにわたしの感情を満たしていく。
どうしてだろう。
彼の笑顔が瞼に焼き付いたままだというのに、涙がそれを曇らせてしまう。

後悔、しているのだろうか。
一体何を?
何を、後悔する必要があるというのだろう。

彼の帰りをただ待ち続けていれば良かった?
―――違う。どれだけ待っても彼は帰って来ないのだ。
銀河の果てまで、彼を迎えに行けば良かった?
―――違う。彼の亡骸を目の前にしたら、きっと、もっと、泣いてしまう。
人知れず静かに、彼の背中を追えば良かった?
―――違う。わたしが死んで、喜ぶようなひとではない。

ちがう。
そんなひとじゃあないんだ、ロックオンっていうひとは。


ねぇ、そうでしょう?













メメント・モリ

「―――汝は死を覚悟せよ」

ガラスに映ったわたしの姿が、銀河の海をぼんやりとたゆたう。

「・・・馬鹿だね、わたし」

今もなお生にしがみつくわたしに、彼が笑いかけた気がした。

「ねぇ、ロックオン」