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彼が彼なのか彼でないのかは、一目見ればわかる。 というのはさすがに過言なのだけれど、彼が彼なのか彼でないのかは一言会話を交わせばわかるというのは本当だ。 「やぁ、」 「あれ・・・ルヤ?」 「どうしたんだい?そんな顔して」 アレルヤと待ち合わせをしていたのは地上のカフェだった。 たっぷりとミルクを注いだアイスティーをストローでかき混ぜていたわたしの目の前に現れた彼に驚いて思わず間抜けな声を出してしまったのだ。柔らかい笑顔を零した後で「ここ、いいかい?」わたしの隣の椅子に手を掛けた彼に「う、うん」ぎこちなく返事をする。 「待ったかい?ごめん、少し道に迷って」 「ううん、わたしもさっき着いたばかりだから」 「ああ、そう。それなら良かった」 透き通る茶からベージュに変わったアイスティーに口をつける。左側に腰かけた彼の横顔をチラリ盗み見ると一瞬、吸い込まれそうなゴールドの瞳にわたしが映って思わず顔が熱くなる。激しく脈打つばかりの鼓動はまるで心臓が悲鳴を上げているみたいだ。 「ミルクティー?」 「あっ・・・うん。あの・・・何にする?」 「じゃあ、僕も同じものを」 小さく微笑むと彼は窓ガラスの前にメニューを立てかけて店員さんに声を掛ける。「彼女と同じものを」。そう言った後で彼はわたしに向き直る。視界に入る窓ガラスには穏やかに微笑む彼と、わたしが映っていた。 わたしがアレルヤに惹かれたのはきっと、心の拠り所が欲しかったから。優しい彼に甘えたかったのだ。優しくて、温かくて、こんなわたしにも手を差し伸べてくれる。失ったものすべてを補っても余りあるアレルヤの愛情がわたしには心地よかったのだ。 だからこそわたしは、彼を好きになったのだと思う。 「今日は、ありがとう」 アレルヤのミルクティーは透き通った茶のままだった。ひとくち、それが彼の喉を通ったことを確認した後でわたしはそう言った。 結露したグラスに両手を添えて、その中に目を落とす。ひどく甘ったるいそのベージュの中にはすっかり角の取れてしまった氷が浮かんでいた。 任務のためにアレルヤが地上に降りることを知ったとき、どうしても同行させてほしいとスメラギさんに志願した。行ってみたいお店がある、だなんて、そんなバレバレの嘘に付き合ってくれたのはきっとスメラギさんはわたしの気持ちに気付いているからなのだろう。もちろん、わたしの能力が今回の任務に適していたということもあるのだけれど。 「ありがとうって・・・何がだい?」 不思議そうに首を傾げる彼にいよいよ我慢できなくなる。だって、こんなにも近くに彼がいて。大好きな彼が、あの彼が、こんな表情を浮かべるなんて。 顔も、身体も熱くなってきて、思わず言ってしまいそうになる。・・・いや、今日はそのために地上にきたのだ。 「このお店。付き合ってくれてありがとう」 「ああ、いいんだよ。ずっと来てみたかったんだろ?」 「うん、でも、任務続きで疲れてるのに」 「確かに、休暇は欲しいけどね。でも、こんなことでが喜んでくれるなら大歓迎さ」 アレルヤには、好きなひとがいる。 好きなひと、というよりも、掛け替えのないひと、と言った方が正しいのかもしれない。好きとか嫌いとか、そんな簡単なものじゃないのだ。感情で表わすには少し、難しすぎる。だからわたしの恋が叶うことはきっとない。そんなことはわかっている。わかっているのに、この気持ちをあきらめることができないのはきっと、こんなふうにときどきでも彼と二人でいられるからで。ほんの少しでも、彼を独り占めできるからで。 こんな気持ちをアレルヤはきっと知らないのだ。卑怯、だよね、わたし。でもアレルヤがこの気持ちを知ってしまえば、アレルヤは困ってしまうから。 だけど、もう、我慢できないの。 「あのね、今日は、話したいことがあって・・・」 「やぁ、」 店の一番奥、窓際のカウンターの一つには腰かけていた。 自己嫌悪の極みだ。ふざけんな馬鹿野郎。 「あ・・・」 「どうしたんだい?そんな顔して」 完全に聞く相手が間違っている。どうしたのかと問いたい相手は俺自身だ。なぁ俺は一体どうしちまったんだ?答えろよアレルヤ。てめぇ無視してんじゃねぇ死ねよ馬鹿。俺はどうしたんだって聞いてんだ。どっかの馬鹿の真似してヘラヘラ笑ってんじゃねーよこの野郎。 目を丸くしたが俺を見上げる。白く濁ったドリンクが妙に甘ったるそうに見えて吐き気がする。どちらかと言えば「ここ、いいかい?」アレルヤのように振る舞う俺自身に吐き気がするのは言うまでもない。だが俺がアレルヤでないことを露にも疑わないは「う、うん」そんな俺を目の前にして大方緊張でもしてんだろう。俺じゃねぇ、アレルヤに、だ。 「待ったかい?ごめん、少し道に迷って」 嘘つけ馬鹿死ねっつーかこの口調止めろ。こんなことを続けて何になる。何度この自己嫌悪を味わえば気が済むんだ?おい答えろアレルヤ。 俺の本能がそう叫ぶにも関わらず尚もアレルヤで押し通そうとする俺は本来長けているはずの反射よりも思考が勝っているらしい。どこまでアレルヤになりゃ気が済むんだよ。畜生畜生畜生死ね。 「ううん、わたしもさっき着いたばかりだから」 「ああ、そう。それなら良かった」 ゆっくりと椅子を引きの隣に腰を下ろす。窓際に立てかけられたメニューに手を伸ばして無作為にページをめくる。どこか落ち着かないのはこんな馬鹿げたことをしているせいなのか視界にがいるからなのか。そんなことはどうでもいいからとっとと交代しやがれアレルヤ!意識の奥底まで響いているだろうその叫びにアレルヤが答えることはなかった。勿論、出てきたらぶっ殺してやるとこだったが。 カラン、と氷がグラスに当たる音がして視線だけ右を向くとストローに口を付けたと目が合って瞬間息が苦しくなる。最悪だ。死ねよこの女。俺様に何しやがんだ。畜生死ね。 「ミルクティー?」 繕うように言ってはみたものの、そろそろ限界に達していた。 に隠し通すことじゃねぇ、俺自身の我慢の限界だってことは言うまでもなかったが、それよりもの唇にばかり目が行って腹の底からイラついてたまんねぇ。ふざけんな。こっち見んな。赤くなってんな。 「あっ・・・うん。あの・・・何にする?」 一体俺はどうしちまった。何でこんなことしてんだ。胸糞悪いつうかもう我慢できねぇ。我慢できねぇのにどうして止められない?いつまでこんな茶番を続ける気だ。ふざけんなよ。何がしたいんだ俺は。あのバカアレルヤ死ねクソ野郎いいかげんにしろ起きろってんだよなぁアレルヤ聞いてんのかよ畜生死ねこれが狸寝入りだったらぶっ殺す。おいアレルヤ聞いてんのかてめぇ! 「じゃあ、僕も同じものを」 が笑う。馬鹿みてぇに笑う。俺を見て笑う。顔が赤くなる。俯く。 一体こんなヤツのどこが気に入ったんだ。なぁ・・・。 ≪ハレルヤ≫としてこの女と接したのは一度だけだ。 アレルヤに好意を持ってんのがバレバレで笑えた。お可哀想に、お前には僅かな望みも残されてねぇんだよ、と忠告してやったのに恩を仇で返すような真似しやがったから二度と現れてやんねぇと決めた。 たかだか好きな男に他の相手がいた、ただそれだけのことでガキみてぇに涙を垂れ流したこの女を、俺は殺したいとさえ思った。それなのにこの女は生きている。今こうして俺の隣に座っている。馬鹿みてぇだろ、なぁ、アレルヤ。 「今日は、ありがとう」 を向いた瞬間その顔は俯き、まるで俺から逃げるように視線はグラスの中に落ちる。 てめぇで言ったことが余程照れくさかったのか知らねぇが、紅潮した白い頬を見るとどうしようもなくイラついてくる。 「ありがとうって・・・何がだい?」 いい加減こんな茶番終わらせようぜ相棒。お前がとっととこの女の気持ちに気付いてとっととフってやればそれで終わりだろ?気付かないフリなんざしてんじゃねーよ。それとも何か?ホントにお前は気付いてないのか?ハッさすがは鈍感で無神経で自分とマリー以外の人間なんざどうでもいいと思ってやがる自分勝手なアレルヤ様だ。 本当によ・・・どうしてはこんなヤツのことが好きなんだろーなぁ。 「このお店。付き合ってくれてありがとう」 「ああ、いいんだよ。ずっと来てみたかったんだろ?」 「うん、でも、任務続きで疲れてるのに」 お前ができないなら、俺がやってやる。 お前がグズグズしているからこの女はいつまでもお前を諦められないでいるんだろ? 気付いてないのか、気付いてないフリしてんのか、そんなことはどうだっていい。けどそれは優しさなんかじゃねぇ。ただの偽善だ。それがどれだけこの女を傷つけてんのか、わかってねぇからこんなことができるんだろ? 「確かに、休暇は欲しいけどね。でも、こんなことでが喜んでくれるなら大歓迎さ」 お前ができないなら、俺がやってやる。 だから俺がお前の代わりにこの女を、をとっとと押し倒して身体も精神もズタボロに切り刻んで二度とお前のこと好きだなんて馬鹿みてぇなこと思わないようにして――― 「あのね、今日は、話したいことがあって・・・」 ―――ああ、待てよ。その先は言うなって。 「あのね、・・・わたし、実はずっと前から・・・あなたのことが」 「黙れ」 これ以上アレルヤの真似なんかしてられるか。抑えつけていた反射が思考を遮った。 衝動的にの手首を引き、間抜け面を目の前にしたところでその唇を無理やり塞いだ。 なぁ。嬉しいだろ。なぁ、大好きなアレルヤにこんなことされて、嬉しくねぇわけねぇよなぁ、! 「・・・っ・・・んっ!」 「どーだ?大好きなアレルヤにキスされた気分は」 たった数秒。それだけのこと。 肩で呼吸をするの目には涙が浮かんでいた。泣くほど嬉しかったってか?そいつは良かったぜ。なぁアレルヤ。こいつはこんなにもお前のことが好きなんだってよ。どうする?色男。 「・・・なんで、こんなこと」 「好きなんだろ?俺のことが。アレルヤのことが」 たった数秒。それだけのこと。 それだけでも、この女を自分の好きなようにできたことに満足感を覚えていた。あぁ、意外と小せぇ男だったんだな、俺も。 自嘲するように笑う俺をが睨みつける。そんなカオで睨まれたって怖くもなんともねぇっての。 「アレルヤじゃないくせに」 「ああそうだ、お前がまだアレルヤを諦めてねぇみてーだったから代わってやったんじゃねーか。お邪魔だったか?折角さっきまでアレルヤと良い雰囲気だったのになぁ!」 「うそつき」 「・・・ああ?」 「最初からハレルヤだったくせに」 きっかけがアレルヤだったことは事実だ。わたしが彼を―――ハレルヤを好きになったのは。 けれどあれ以来彼が≪ハレルヤ≫としてわたしの前に現れることはなかった。 彼は彼なりに罪悪感を感じていたのだろうか。アレルヤとは正反対の性格をしているくせに、優しいところは同じだった。違うのは、それを素直に表現できるかできないか。 不器用すぎる彼を―――ハレルヤを、いつしかわたしは好きになっていた。 「・・・ハッ。なーに勘違いしてやがんだてめぇは。俺はついさっきアレルヤと入れ替わって」 「違う」 彼が彼なのか彼でないのかは、一目見ればわかる。 というのはさすがに過言なのだけど、彼が彼なのか彼でないのかは一言会話を交わせばわかるというのは本当だ。 だから確信していた。最初から。彼がアレルヤなのかハレルヤなのか。 「何を根拠に言ってやがる」 「根拠なんてないよ」 「ふざけんな」 ずっと言えなかった。 だけど、もう、我慢なんてできないの。 ・・・ごめんね、アレルヤ。 「ハレルヤのことが好きだから」 マージナル 「だから、わかるの」 いつから気付いていやがった? 最初からとは言わせねぇ。 それじゃ俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。ふざけんなよこの馬鹿女。キスも初めてだったくせに生意気なこと言ってんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ。 「俺はてめぇのことなんざ何とも思ってねんだよバーカ」 の肩を引き寄せ、もう一度唇を重ねた。 今度はどっかの偽善者みてぇにゆっくりと、丁寧に。ハッ・・・全く、自己嫌悪の極みだ。 ・・・畜生。笑ってんじゃねぇよてめぇら。 |