「でも、リヴァイヴさんは人一倍感情的だって、前に聞きましたよ」

の言葉を受け、リヴァイヴは伏せていた顔を静かに上げた。は微笑み、リヴァイヴの目を真っ直ぐ見つめている。船のゴウンゴウンという音、隣りの部屋の住人が廊下に出るために扉を開ける音、それ以外は何も聞こえない。部屋にはリヴァイヴとの二人しかいないからだ。先ほどまで一緒に机を囲んでいたヒリングとブリングは、二人揃って自室に戻ってしまっていた。
リヴァイヴは一度扉を見つめ、誰かが入ってこないものかと思案する。だがまあ、こうして二人で話す機会も滅多に無いので、良いか。別に彼女のことは嫌いではない。そう思い視線をに戻す。

「誰から聞いたんですか?」
「ヒリングさんにです」
「ああ・・・ヒリングは喋るのが好きなんです。だから、真実から嘘から何でもかんでも喋る。ヒリングの言葉に意味なんて無いんですよ。口が動けばアレは満足なんですから」
「なるほどそういう人もいるんですね。私はどちらかと言えば聞く側なので、よくわからないです」
「でしょうね。ですから、ヒリングの言うことをいちいち真に受けてはいけないんです」
「はい」

素直に頷いたをチラと見て、リヴァイヴは薄く微笑んだ。こうすると彼女が喜ぶのを知っているからだ。案の定は嬉しそうに笑みを見せ、「はい」もう一度言った。
それにしても、とは呟き、クスリと笑う。リヴァイヴは首を傾げ言葉の続きを待つ。

「そのヒリングさんは、リヴァイヴさんの言うことをいちいち真に受けてはいけないと言っていました。アレのほとんどは嘘で出来ているから、あんまり信用しない方がいいよ、と」
「・・・余計なことを」
「イノベイター・・・でしたっけ?みなさん、仲が良いんですね。お互いのことが良く分かってる」

リヴァイヴは一つ息をつくと、足を組みなおし膝の上で自身の指と指を絡ませた。「僕たちは全て繋がっているんです」リボンズがよくそういう仕草をしていたのを思い出したのか、イノベイターが皆そういう仕草をするかは分からない。全て繋がっている。所詮は同じ生命体なのだ。自分にとってはごく自然な仕草だと思ってやっていることを、他のイノベイターも――例えばヒリングだとかが――やっていたりする。無自覚のシンクロナイズ。生まれでた瞬間からそうだった。リヴァイヴにはこれが普通だった。全て繋がっている。人間がコレを理解できないことが、不思議で仕方が無いほどだった。

「僕が考えていることは、大体他のイノベイターにも伝わります。意識的に思考を送ることも、勝手に送られることもあります。もしかしたらこの会話も、どこかで誰かが聞いているかもしれない。僕と同タイプではないイノベイターには少々難しいことですが、それでも不可能なことではないんです」
「えっ?」

はキョロキョロとあたりを見回し、監視カメラのようなものを探そうと試みた。見つからない。リヴァイヴは思わずクスリと笑う。

「違いますよ。外的な情報ではないんです。僕の中から、他の誰かが見ている・・・そうですね、例えるなら、僕たちの頭は共同住宅なんです。僕のこの目は、その住居の窓に当たる。住居に住んでいれば、誰でも好きなときに、この窓から外を見ることが出来るんですよ。僕が普段見ている世界を。見られるのが嫌だったら、部屋に鍵をかけるなり、カーテンを閉めるなりすればいい。同タイプは、部屋の合鍵を持っているんです。だから勝手に入れるし、カーテンも好きに開け閉め出来る」
「・・・難しい話ですね」
「人間には理解し難いことだと思います」

リヴァイヴは指を解きマグカップを持ち上げた。その持ち上げ方、細長い指の美しさに、は一瞬見惚れる。先ほどが淹れたブラックコーヒーはすっかり温くなっていたが、リヴァイヴは少し温くなったコーヒーの方が好きだった。はコーヒーが飲めないのでホットミルクを飲んでいる。リヴァイヴの真似をして自分もマグカップを持ち上げ口をつけてみるが、やはりどうしても同じようには出来なかった。これが人間の限界なのだろうか、とは思う。否、単に自分の教養がない所為なのだ。は故郷を思い出しながら、もう一口飲んだ。蜂蜜の甘い香りが広がる。

「随分話が逸れましたね。それで、何の話でした?」
「リヴァイヴさんの物腰の柔らかさについてです」
「ああ」

先の二人が帰ってからずっと話していたことだった。はリヴァイヴの物腰の柔らかさが胡散臭いと言い、リヴァイヴはそれを流していた。それの繰り返しだった。途中で突然「私、リヴァイヴさんが好きなんです」とが口走ったときはさすがにリヴァイヴも動揺したが、人間ごときに動揺されてたまるかと態勢を持ち直し、それまでのように、流した。
リヴァイヴは微笑む。マグカップを机に置き、もう一度指を絡ませた。

「単なる礼儀ですよ。だって敬語を使っているじゃないですか」
「私のそれは、相手が目上の方だからですよ。リヴァイヴ・リバイバル大尉」
「なるほど」

わざとらしく『大尉』を強調して言ったの目を見て、リヴァイヴは目を細めた。がこういったことをするのは珍しい。いつもぼんやりしていて、そそっかしくて、危なっかしくて、好奇心が旺盛で、誰に対する敵意も感じられない。自分に関わる人全てが好きなのだと、以前は言っていた。人間は劣等種であり、同じイノベイターでも自分は特に優れていると常日頃から思っているリヴァイヴには、理解出来ない感情だった。人間というのはつくづく低能でかわいそうな生き物だ、と見下しているほどだ。とにかくリヴァイヴと違い――むしろ正反対といっても過言ではないほど――それがだったので、そのがこうして微かに敵意を見せているのは、よほど自分が信用ならないせいだろうと、内心苦笑した。顔には出さない。無表情、もしくは微笑。平常リヴァイヴはそれを得意としている。

「僕にも、敬語を使わない相手はいますよ。ヒリングや、ブリング・・・」
「それは、隠さなくても良い相手だからですか?」
「そうかも知れませんね」
「リヴァイヴさんの物腰の柔らかさは・・・なんというか・・・分かりやすいです」
「それは光栄です」
「褒めてないですよ」
「勿論承知しています」

にっこり笑って見せれば、がため息をついた。「私がバカでした」両手を挙げ、降参のポーズをする。今までしてきた会話の数々、この時間が全て無駄なことだとは感じた。

「リヴァイヴさんには敵いません」
「当たり前です。僕はイノベイターで、は人間ですから」
「そういう問題じゃないんですよ」
「どういう問題です?」
「ヒリングさんとも私はよく会話をするんですけど、ヒリングさんとは、会話がスムーズに進みます。お互い隠し事をしないし、余計な詮索をしないからです。ブリングさんもそうです。彼はとても素直な方だと思います」
「なるほど」
「リヴァイヴさんは、そういうわけにはいかないじゃないですか。リヴァイヴさんは私の言葉の裏を考えているし、私はリヴァイヴさんの本当の言葉を聞きたいと思っている。それじゃあ、会話が進みません。お手上げです」
「僕はヒリングやブリングよりも優れていますからね」
「その一言で片付くのなら、何よりです」

話が進まない、とは思った。それこそがリヴァイヴが望んでいることだと分かってはいるものの、どうしてそんな頑なに自分に対して心を開いてくれないのかと、それが不満だった。ただ純粋に、もっと彼の事を知りたいと、もっと彼と近づきたいと、そう考えているだけなのに。リヴァイヴは一線を引いたままだ。まるで二人の間に鎮座するこのテーブルのよう。
はテーブルを撫でながら、伏目がちに呟く。

「私はただ、リヴァイヴさんを知りたいだけなんです」
「・・・知って何になるんです?」
「何にもなりません。ただの自己満足です」
「人間らしい感情ですね」
「好きな人のことをもっと知りたいと思うのは、おかしなことでしょうか」

ピタ、と会話が止まった。は何事かと顔を上げリヴァイヴの様子を伺う。リヴァイヴは暫く無表情のまま、を見つめていた。一度ため息をつき、口を開く。

「だから、それが人間らしい感情だと言っている」
「・・・え?」
「所詮自己満足だ。人間は、自分さえ満足できればそれで良いと考えている。劣等種の癖にね」

は何度か瞬きをし、リヴァイヴを見つめ返した。リヴァイヴはもう一度マグカップに口をつけ、上目遣いでを見る。がそれを見て嬉しそうに笑ったので、思わず眉を顰める。

「リヴァイヴさんは、私たち人間のことがあまり好きではないみたいですね」
「好きだとか、好きじゃないだとか・・・そういう問題じゃない。ただ単に、僕らの方が優れていると、そう思っているだけさ。人間は弱い」
「ですけど、私はまだ数人しかイノベイターを見たことがありませんが・・・その中では一番、リヴァイヴさんが人間に近いと、思っています」
「・・・なに?」
「例えばリヴァイヴさんは、私が怪我をしたとき、少しだけ表情が変化するんです。外側は、穏やかに心配してくださっているんですが、内側でも、私のことを心配してくれているのが、よくわかります」
「演技だよ、全部。その方が何かと都合がいい」
「だとしても、です。そんな一瞬の、相手が見ているか見ていないかも分からない瞬間の演技をする細かい余裕があるほど、リヴァイヴさんが演技派だとは思えません。そもそもそういった演技をすること自体が、人間らしいとは思いませんか?」
「随分な言い方だな・・・まあいいさ、そう思いたいなら勝手にすればいい」

一度鼻を鳴らし、リヴァイヴはの様子を伺う。は依然として嬉しそうに微笑んだままだ。訳が分からない、とリヴァイヴは思った。急に態度を変えられたにも関わらず、いつものように接するの意図が分からない。てっきりショックを受けるか、幻滅するか・・・そのいずれかだと思っていた。以前から、リヴァイヴの性格がには合わないような、そんな気がしてならなかったのだ。それが、どうだろうか。は、笑っている。

「これで、僕のことが分かったかい?」

わざと見下したように微笑んで見せれば、「はい」やはり嬉しそうな声が返ってくるので、面食らった。は再びホットミルクを飲み始める。それから、「はい」もう一度繰り返した。

「ヒリングさんの言うとおりでした。リヴァイヴさんは人一倍感情的で、嘘で出来ています」
「それは良かった」
「ええ、全くです」

一度枷を外すと、止まらなくなるのが嫌だった。リヴァイヴは自然と自分の顔が怪訝そうな表情を作っているのに気がつき、慌てて作り変える。いつもの、無表情。はそれに気付き、クスリと笑った。小さな子どもに対するようなそれだ。気に食わない。

「リヴァイヴさんは、これで分かりましたか?」
「何がだい?」
「私のことです」
「・・・少なくとも、僕が思っていたような子どもではなかったというわけだ」
「そう思ってもらえたのなら、光栄ですよ」

――好きな人のことをもっと知りたいと思うのは、おかしなことでしょうか。
ただの好奇心だとバカにしていたが、どうやらそういう訳でもなさそうだった。は想像以上に物事を見ていたし、リヴァイヴのことを気にかけていた。


「はい?」
「君は、どっちの方が好きかい?」
「物腰が柔らかいリヴァイヴさんと、攻撃的なリヴァイヴさんですか?」

攻撃的、口の中で反芻してリヴァイヴは片眉を上げる。まあ、がそう感じているのなら、それでも良い。あながち間違ってはいない。は指を顎にあて、リヴァイヴをマジマジと見つめる。尚更表情は変えられなかった。

「そうですね・・・後者のリヴァイヴさんを見て思ったんですけど、やっぱりリヴァイヴさんはリヴァイヴさんのようでした。どちらもあまり変わりません」
「・・・なるほどそう言われるとは・・・意外だったな」

ならば自分は何のために常日頃敬語を使い物腰柔らかく彼女に接してきたのだと言うのだろう。全ては彼女に接しやすくするためだったというのに、少しでも、好意を・・・そこまで考えて、リヴァイヴは思考を一旦遮断した。・・・。おかしい。イノベイターである自分が、人間という劣等種に好かれたからと言って、何のメリットもないはずだった。嬉しくも何とも無い。

「改めて言いますけど、私は、あなたが好きです。リヴァイヴ・リバイバル大尉」

けれど、そう微笑むの、柔らかそうな赤い頬を、この指で触れたいと思うのは何故なのだろう。リヴァイヴは指を組みかえる。その違和感に眉を顰め、もう一度を見、同じように微笑んでみる。

「光栄ですね」

結局、こうやって、本心を隠すことしか出来ない。滑稽だ。




サキソフォンの微笑